こんにちは。しーるです。
ふと、別のほうのサブクソブログでこんなことを述べました。
人狼を「教える」を考える - 人狼流浪記
論理という機構は優れていますので、正しく論理を組み立てていくことができれば理論上は100%狼を吊るすことができます。もちろんその論理を正しく組み立てていくために批判的思考、もといクリシンが重要だということは蛙の人狼日記で触れましたね。
そう言えば蛙の人狼日記以降こういった推理に関する考え方について
まとめたことはなかったかと思ったので、色々と再度整理してみることにしました。
そもそも「議論する」とは何なのか?

人狼において議論するということは、
理想的に言えば、
自分の推理と他人の推理を合わせ、昇華し、
意思決定もとい投票をおこなうということです。
自分の見えている世界と他人の見えている世界のすり合わせをおこない、
より良い結論(≒人狼を吊るすことができる議論)に持っていくことが、
議論そのものの本来の目的だと言えるでしょう。
以降、解説をおこないますが、議論には大きく2つのフェーズが存在します。
1つ目は自分の頭の中で推理をおこなう「脳内の推理」の段階、
2つ目はその推理を発言に落とす「推理の表出」≒「議論」の段階です。
それぞれポイントを押さえながらみていきましょう。
推理の機構(自分の推理)
自分の推理、すなわち自分の脳内における推理というものは、
大きく分けて3段階で考えることができます。
1つ目が論理的思考、
2つ目が批判的思考、
3つ目が自己による反駁です。
この3つの段階を踏むことが「推理」の基礎型であると言うことができます。
論理的思考
簡単に言えば「AだからBだと思う」という思考のことです。
例えば「①は霊結果で白だった②を疑っていたから人狼だと思う」などですね。
批判的思考
簡単に言えば「本当にそういうふうに言えるの?」という思考のことです。
別名、クリティカル・シンキングというものです。
例えば、
論理的思考A「①は霊結果で白だった②を疑っていたから人狼だと思う」に対して
批判的思考A´「②を疑っていた人が必ずしも人狼とは限らない」が挙げられます。
このような思考法が批判的思考と言われるものです。
自己による反駁
以上のような批判的思考に対して、
推理の中でおこなわれるのが自己による反駁です。
反駁というのは、反論に対する反論のことです。
例えば、
論理的思考A「①は霊結果で白だった②を疑っていたから人狼だと思う」
批判的思考A´「②を疑っていた人が必ずしも人狼とは限らない」
自己による反駁「だけど①の②に対する疑いのかけ方は、①のPSから考えて不自然だ、だから狼の可能性のほうが高くみえる」
このような思考を自分自身の脳内でおこなうわけですね。
このような、
「論理的思考→批判的思考→自己による反駁」のサイクルを繰り返すことで、
論理の機構は担保され、推理の精度が理論上向上します。
| |
例1(疑う場合) |
例2(疑わない場合) |
| 論理的思考 |
①は霊結果で白だった②を疑っていたから人狼だと思う。 |
| 批判的思考 |
②を疑っていた人が必ずしも人狼とは限らない。 |
| 自己による反駁 |
だけど①の②に対する疑いのかけ方は、①のPSから考えて不自然だ、だから狼の可能性のほうが高くみえる。 |
①の②に対する疑いのかけ方は、①のPSから考えて自然だ、だから村とも狼とも言えない。 |
この上の表の場合、
「論理的思考→批判的思考→自己による反駁」のサイクルを回した結果、
例1においては、①は狼の可能性が高そうであり、
例2においては、①が狼がある可能性はそこまで高そうではない、
ということになります。
色々と長々と用語を使い説明をおこないましたが、
要するに「自分の考察に対する反論を御しきれそうか?」を脳内で問うことが重要になるということです。
実例を用いた説明
こういうときに実践例になってくれるのはヤクルトさんですね。
虜さんの最新の12a猫のログを引っ張ってきましょう。
https://zinro.net/m/log.php?id=1089217(せりあ-67)
虜: きなこ: このみ狼でガーゴイルとこんな会話しなさそうだなって雰囲気
この考察も短絡的すぎてこのみ真にしか見えないかな。
シルバー→きなこの殴りはほぼ不当だけど狼の動きではなさそうだね。
これは3d朝の文章です。
立派な考察ですが、残念ながら実際にはきなこさんはこの試合においては真占い師でした。
どういう部分が悪かったのかをここでは先程のサイクルに基づいて考えてみましょう。
例文中では、
論理的思考「短絡的な考察をするのは偽占い師」を展開していますね。
これに対する批判的思考(反論)は何でしょうか。簡単ですね。
「短絡的な考察をするのは必ず偽占い師なのか?」です。
「短絡的な考察をする真占い師の可能性はないのか?」とも言えます。
これに対する反駁をおこなうためには、どのような点を考えれば良いでしょう。
考えるべき点は挙げればきりがありませんが…
今回は入門編として、軽く3個ぐらい挙げてみましょう。
①そもそも、きなこというPLは深い考察が充分にできるPLであるのか?
②その短絡的思考は、偽占い師特有のものなのか?真占い師でも自然に出てくるものではないのか?
③その短絡的思考は、「きなこ」のみに見られるものなのか?他占い師には見られないのか?
なお。それぞれこれらの反駁が成功した場合は、
①が反駁されれば、深い考察ができるにも関わらず短絡的思考をしているから偽占い師の可能性が高い。
②が反駁されれば、その短絡的思考は偽占い師特有のもので、真占い師のときには恐らく出てこないものだ、ゆえに偽占い師の可能性が高い。
③その短絡的思考は、「きなこ」のみに見られたものであるため、他の2者よりもきなこが偽占い師である可能性が高い。
ということになります。
①そもそも、きなこというPLは深い考察が充分にできるPLであるのか?
まず①について考えてみましょう。
これはきなこさんのログを一見すればいいですね。
きなこ: 【占co】HeilBrinzaさん白
きなこ: ギドランって駄目なんでしたっけ
きなこ: はあい
きなこ: 3-1で草のポイントってありますかね?
きなこ: 囲いなければ狼吊れる確率高いです。それだけです…
きなこ: あれでしょう猫も飛び懸念
きなこ: このみが狂ぽいからジバニャン狼かなってところです
きなこ: ?意味がわからない
きなこ: このみ狼でガーゴイルとこんな会話しなさそうだなって雰囲気
きなこ: 勝率的な話でありかなしかだけ聞きましたけど駄目でしたかね?
きなこ: あっジバニャンとシルバーラインありますね
きなこ: 囲ってるのかな
きなこ: ありか無しで聞いただけなんですぐ引っ込めましたよ
きなこ: さっさと真ころせるんならラインつなぐ意味もあると思いますよ
きなこ: そんなにギドランよろしくない?
深い考察が充分にできるのかと言われると、このログだけではわかりませんね。
きなこ: あっジバニャンとシルバーラインありますね
きなこ: 囲ってるのかな
きなこ: さっさと真ころせるんならラインつなぐ意味もあると思いますよ
このあたりの思考の変化は、
ラインがあるかもしれない→(「狼同士でそんなに露骨にラインを繋ぐのか?」という反論)→狼同士でラインをつなぐ意味の精査
このような批判的思考を含んだ変化を辿っているので、
深い思考ができそうな余地は充分あります。
きなこ: このみ狼でガーゴイルとこんな会話しなさそうだなって雰囲気
ただ、そもそもこの発言自体が「短絡的思考」であるのかというのにはかなりの疑問符がつきます。
ここでおこなっているのは、「きなこは深い考察ができる人物だ」→「ならば元の発言は本当に短絡的思考だったのか?」という精査です。
結論だけを言えば、この発言のみを抽出して「短絡的である」と結論を付けるのは早急ですね。
きなこは、文章中で「こんな会話しなそうだなって雰囲気」と、あくまでも濁した表現を使用しています。
きなこが、先程のように批判的思考を挟むことのできるプレイヤー像であることを鑑みると、この文章は「安易に感じたことを、非確定の要素として落とした」と見るのが妥当でしょう。
以上のことから、
①そもそも、きなこというPLは深い考察が充分にできるPLであるのか?
→充分にできる可能性がある。
→そもそも当該発言は「雰囲気」と述べており断言ではない。短絡的思考ではなく可能性の示唆に留めている、これはPL像としての考察の仕方と一貫していて不自然ではない。
となります。
したがって、自己による反駁「①そもそも、きなこというPLは深い考察が充分にできるPLであるのか?」は失敗したことになります。
すなわち、この考察は反論の可能性を持った考察になるため、間違いである可能性が含まれる訳ですね。
②その短絡的思考は、偽占い師特有のものなのか?真占い師でも自然に出てくるものではないのか?
ガーゴイル: このみ>ジバニャン>きなこ
このみ: ガーゴイルの名推理きたね
きなこ: このみ狼でガーゴイルとこんな会話しなさそうだなって雰囲気
きなこは上記の流れを見て、このみ狂人を見るという旨の発言をしています。
この短絡的思考(仮称)は偽占い師特有のものなのでしょうか?
想像力をはたらかせてみましょう。
偽占い師であれば、誤った可能性を広げることが村の敗北につながるため、このように短絡的発言≒間違っていそうな発言をする可能性があります(※)。
逆に真占い師であれば、「雰囲気」とも言っていることから、特段の意図なく、自視点で感じたことを開示しただけであるとも考えられますね。
村の考える可能性の幅を広げるというのは、村のミスの可能性を増やすということです。村のミスを拾って勝ちましょうということですね。
理論上100%狼を吊るせる推理の機構を崩すためにはどうすればいいのか?のアンサーは「間違った前提でパズルを組み立てさせる」というものです。考える幅を広げるというのは恐らくこのようなニュアンスを持っているのでしょう、が、伝わってないと感じます。
※人狼を「教える」を考える - 人狼流浪記
すなわち、考えるべき事項はこの発言が真占い師としての立場からの発言っぽいのか、偽占い師としての立場からの発言っぽいのかということです。
つまり、「きなこ: このみ狼でガーゴイルとこんな会話しなさそうだなって雰囲気」という発言が、偽占い師として、村に意図的に誤った可能性を広げる発言であると思うかということです。
きなこの感じたことには一理の妥当性があります。
人狼は安易に他人に言及するとライン考察を村側に展開されてしまうので、他人に触れる際に慎重になるかもしれませんね。
そう考えると、この「このみ狼でガーゴイルとこんな会話しなさそうだなって雰囲気」という発言は、特段の悪意を持って誤った考察を広げようとしている感じはあまりしません。
他の発言との整合性も考えてみましょう。
きなこ: あっジバニャンとシルバーラインありますね
きなこ: 囲ってるのかな
きなこ: さっさと真ころせるんならラインつなぐ意味もあると思いますよ
先述した通り、このあたりの発言からも、
先程の発言が「誤った可能性を意図的に広げようとしている」とは言い難いですね。
むしろ自己の判断を精査している点においては、誤った可能性を広げないようにしている姿勢も若干ですが見られます。
仮に「きなこ: このみ狼でガーゴイルとこんな会話しなさそうだなって雰囲気」という発言が、偽占い師として誤った可能性を広げるための発言であるとするのであれば、ほかの発言での一貫性が見られないのでやや根拠として弱い印象を受けます。
偽占い師で意図的に間違った可能性を広げようとした、と考えるよりも、
真占い師で特段の意図なく自視点を開示した、と考えるほうがまだ妥当性が高そうですね。
こちらの根拠を補強する材料は複数あります。
まず、このみ狂人→ジバニャン人狼と、思考が一貫している点は、視点の移動として自然であり、悪意を持って誤った可能性を広げようとしていると考えるのは難しい部分があります。
次に、PL像として「雰囲気」という言葉を選択していたり、ラインの可能性を提示したあとに狼狼でラインを繋ぐ意味を反論したり、している点は、誤った可能性を意図的に広げようとしているよりも、ただただ自視点の考察を深化されているように見えます。
最後に、この人は思ったことを素直に発言する傾向がみられます。例えば「ギドランって駄目なんでしたっけ」とかですね。ギドラン提示だけで真目偽目が左右される可能性がある中でこの発言を落としていますので。「このみ狼でガーゴイルとこんな会話しなさそうだなって雰囲気」という発言も、仮に短絡的であったとしても、思ったことを直に素直に喋っただけと考えるほうが自然でしょう。
悪意を持って誤った可能性を広げようとしている偽占い師像として捉えるのは無理がありますね。
したがって、自己による反駁「②その短絡的思考は、偽占い師特有のものなのか?真占い師でも自然に出ないのか?」も失敗。
この推理も間違った可能性を含んだものである、
反論可能性を含んだ根拠不充分なものであると言えます。
ちょっとこの辺の論理は強引かもしれないけど許してね。
③その短絡的思考は、「きなこ」のみに見られるものなのか?
最後の点です。他の占いCO者のログとも比較をおこなってみましょう。
このみ: 【占CO】【虜白】
このみ: 3-1草
このみ: 占ロ黒ストが好きだけど別に俺以外が死ぬならなんでもいいよ
このみ: 俺が生きれば村勝ちなので
このみ: ガーゴイルの名推理きたね
このみ: きなこーHBの2wはなさそうだなと思った
このみ: ジバニャンが何言ってるかマジでわからないのと
このみ: 1mmも狂アピしてないから真面目にやって。
このみ: ジバニャンのその発想って狂で出てくるあれじゃなさそうだよね
このみ: ジバニャン狼でいいんじゃない。きなこ狼かは明日見ればいいので
このみ: 単純明快の意味がわかってなさそうな人いる
このみ: 狂追われを避けたいの?この状況の狂人って
ジバニャン: 【占】シルバー→白
ジバニャン: グレラン希望
ジバニャン: 何わろとんねん
ジバニャン: じゃあ対抗の狼目から吊り
ジバニャン: あぁシルバー霊能に見えたわ
ジバニャン: このみ: 占ロ黒ストが好きだけど別に俺以外が死ぬならなんでもいいよ
ジバニャン: 2騙り匂わせ風
ジバニャン: 占いロラ黒ストが好き=2騙りであれば黒ストされた方が良い
ジバニャン: このみーガーゴイル2wもあるのにきなこがそれ切れるのおかしいでしょ
ジバニャン: 虜は文章読んでなおジバニャン吊りなのかな?
ジバニャン: このみ狼だと思います。
太字のあたりはまさに短絡的思考ではないのでしょうか?
この日はジバニャンが吊られていますので、このみの文章を参照しましょう。
「このみ: きなこーHBの2wはなさそうだなと思った」
「きなこ: このみ狼でガーゴイルとこんな会話しなさそうだなって雰囲気」
この発言に差があると言えますか?
私としては、文章の構造として差はないと思います。
2ウルフ否定+可能性の示唆(なさ"そう”または”雰囲気”)の文構造ですので、
この発言のみを短絡的思考として、このみのみを真占い師に、きなこのみを偽占い師にする特段の理由は思いつきません。
このみの方に関しては追加の説明などもありませんので、条件面に関してはむしろきなこのほうが有利だと言えます。
したがって、
自己による反駁「③その短絡的思考は、「きなこ」のみに見られるものなのか?」も失敗となります。
これだけの反駁に失敗していますので、元の論理「短絡的な考察をしたきなこは偽占い師」はかなり論理的妥当性に欠けるものであると述べることができますね。
批判的思考と自己反駁を極めれば、理論上100%狼を吊るすことができる
以上のような批判的思考と自己反駁を徹底的におこなうことができれば、
理論上は100%狼を吊るすことができます。
論理の機構が優れている、というのはこのようなことを指している訳ですね。
時の人狼王は「ログを読めているひとが勝っている」とも言っていました。
発言を丁寧に読み解き、そのうえで全ての可能性を照査すれば、相当の確率で人外を当てることができるでしょう。
それゆえに、批判的思考や自己による反駁が重要なのです。
その前段階である発言を丁寧に”読む”というのが大事なのこの辺りでしょうね。例の彼女はあくまでも「雰囲気」と述べているので断定している訳ではありません。
逆に言えば、このような批判的思考や自己反駁がおこなわれにくい村は狼にとって有利な村だったりします。
例えば、議論の展開が過加速している村などがこれに該当しますね。
議論を組み立てていく上でその展開を急かすっていうことは、その議論をするうえでの前提が正しいものであるのかという至上命題を精査する余地を失くしてしまっているんですよね。組み立て方が雑になってしまう。つまり早急な議論によるミスリードを引き起こしやすい雰囲気の村すらをもつくりだしてしまう。
人狼を「教える」を考える - 人狼流浪記
議論の機構

議論を構成するものは何でしょうか?
盤面的な要素を除けば、「自分の考察」と「他人の考察」を一般解として考えることができますが、厳密には異なります。
自分の脳内で考えられたことのうち、表出された言葉のみが盤面に出てきます。
他人に関しても同様に、脳内とは別に表出された言葉のみが盤面には出てきますね。
以上のことから議論を構成する主たる要素は「表出された言葉」になる訳です。
メディア(媒介)としての「言語」理論
「表出された言葉」というワードに拘った理由は、
チャットにおける言葉というのはあくまでも脳内の思考を媒介するメディアに過ぎないという話があるためです。
わかりやすくメディア(媒介)というものとその制約を説明しましょう。
あなたに一枚のフリー素材の写真をお見せします。
この写真を言葉で、誰かに伝えるように説明してみてください。

ちなみにですが、この写真には「イギリス北部の自然風景」というものが付いています。
一般的に説明するならば「晴天の下、緑がきれいな写真」といったところでしょうか。
ここに言語の制約が加わります。
「晴天の下で緑がきれいな写真」という言葉だけでは、
このような「視覚」で受け取った情報を完全に伝えることは不可能です。
例えば、
「晴天の下」というのは、雲ひとつない青空を指しますか?それとも雲は何個か見えますか?雲が見えるのであればそれはどのような雲ですか?それはどのぐらいの範囲ですか?
「緑がきれい」というのは、どのような緑ですか?全面が芝生?それとも木々が生い茂る森のこと?どのような木がどれぐらいの間隔で生えていますか?
そもそもそこに川、人間、動物は存在しますか?風は吹いていますか?
といったように、言語はあくまでも物事を伝える媒介手段に過ぎませんので、視覚の情報を100%そのまま相手に共有することは不可能な訳です。
視覚から言語に情報を変換する際に、メディア(媒介)としての損失が発生するわけです。

これは人狼における脳内の推理情報を相手に伝える際にも発生し得ます。

このような「言語」という制約によって、私たちは自分自身が脳内で考えていることを100%そのまま相手に伝えるのはほぼほぼ不可能となる訳です。
だからこそ、表出される言葉を「選択」する
私たちは自分自身が脳内で考えていることを100%そのまま相手に伝えるのはほぼほぼ不可能。ですので、私たちは出来る限り言葉を選択して、相手に伝わる可能性を少しでも上げる工夫が求められるわけです。
今一度、ここで人狼ゲームの目的を振り返ってみましょう。
人狼ゲームの村人の目的は一般的には人狼を撲滅することです。
あくまでも推理というのは手段に過ぎず、人狼を吊るすことこそが目的であることを注意してください。
これは言い換えれば「必ずしも自分の脳内で反駁された精緻な思考を開示する必要はなく、狼を吊るために必要な共感等を得られる考察を表出できれば充分である」ということです。
占い先の選定には様々な思考が含まれています。どういう位置を占った方が良いかという戦術論から、どの位置をどう見ているかという推理まで。
そういうステップの多い思考というのは、その分だけ人によって違いが出ることになります。
10000文字かけて人狼の推理について解説してみた|tb158
ステップの多い思考うんぬんのくだりは、解るんだけど、もっと自分の出す考察に引き寄せて出しても良かったんじゃないかなぁって感じた。自分も発言するときはできるだけ推理のステップを減らして共感されやすいようにしてます!とか。どうせ言うならここまで言及してほしかった。私はそうしてる。
人狼を「教える」を考える - 人狼流浪記
当然ですが、このように「論理的思考→批判的思考→自己による反駁」というものを繰り返して出された洗練された思考というものは「ステップの多い思考」です。
ステップの多い思考というものは、それだけ他人の批判的思考を産む余地がある訳です。
先程例に挙げた文だけでもあれだけの批判的思考と反論が展開されましたからね。
あの批判的思考と反論の中であったとしても、あれは「私の判断」に過ぎないため、「他人が判断」の際には180度異なった結論を出す可能性もある充分にあり得る訳です。
そして当然、このように洗練されていない思考も含めて、自分以外の思考というものは言語という媒介の制約によって100%相手に理解してもらうというのは困難を極める訳です。
しかし、人狼ゲームは人狼を吊るすことができれば充分なゲームです。
自分の思考を100%理解してもらう必要はないのです。
人狼を的中させる段階においては、このような洗練された思考が必要かもしれませんが、実際に吊る盤面においては吊るす方法なんていくらでもあります。
ステップ数を減らし、簡単な要素としてまとめて伝わるようにする
文字数でごり押し
取りにくい相手の黒要素よりも、取りやすい自分の白要素で勝負する
そもそも自分が指定役になれる立ち回り(吊りや噛み先誘導による調整)をする
最も基礎的な例だと、パッションとしての要素出しを挙げることができます。
例えば、数日の間、スケープゴートにする相手との対話を試みる姿勢を続け、最終日に「これだけこちらが対話する姿勢を見せたのに未だ結論を濁してくる相手の態度はもう流石に狼と判断するしかない。①さんが狼だと思います」といった内容の発言を落とす。これは古典的なやり方ですね。
既成事実として、数日に渡る慎重な対話の姿勢を見せ、最終日、時間切れのタイミングで感情的に相手を狼だと判断を下す、その姿はまさに堅実に論理を”築きたかった”村人の姿そのものです。
これは別に狼の策略に限った話ではありません。
村人のときもそのように動いても良いと思います。
対話姿勢を見せる前の段階でこっそり狼を決め打ちし、数日かけて狼を追い詰めていくようなやり方は村陣営の実践で有効であると言うことができます。
仮に思考が更新されたとしても狼だと判断を下さなければ良いだけですしね。対話を重ねているので信頼もあるかもしれません。
私たちが考えるべき事項は300秒という短い時間の中で、いかに効率よく判断者に対して相手が人狼であるか(自分が白であるか)を伝えるということです。
そのために、自分の主張は明確でなければなりませんし、その根拠も反論される可能性の低い一般性の高いステップ数の少ないものが望ましいでしょう。
当然、この段階において「自己による反駁」の展開というものはほぼ不要になります。
300秒という短い時間の間で、相手を説得するために使える実際の時間は200秒未満であると考えるのが妥当でしょう。その中で反駁を展開するような時間はありません。
判断者・相手にそのような反論の余地があることを気づかせるきっかけにもなり得るという側面があります。敢えて誠実そうに見せるために展開することもありますが。
まず説得対象の朝文を確認し、説得相手の状態を確認します。
次に相手(人狼)の朝文を確認し、相手の状態も確認します。
判断者と相手の朝文を確認して、自分に有利な「言語を表出」させるための情報を得るためには少なくとも読み時間含めて60秒は必要になるでしょう。
そのうえで、自分自身が選択した「表出する言語」を発言し、判断者に対する説得・共感を試みます。当然相手が読み・疑問を聞く時間なども考えるとこれも120秒以内に収めたいところがあります。
残りの時間120秒は、相手が読む時間や疑問に答える時間、あるいは感情アピール、あるいはアディショナルタイム(タイピング速度による調整や相手の良レスポンスに対処する時間)を割くのが賢明でしょう。
となると自分自身の反駁を展開する時間なんかない訳ですし、そもそもそんなもの表出する必要性などない訳です。
時間がたっぷりあるのならば表出してもいいかもしれませんが。
このあたりの時間的制約が短期人狼ならではの面白さの部分でもあります。
議論と推理の関係性
本当は全体での議論なんかよりも個人の推理のほうが優れている。
議論というものは本来お互いが意見をぶつけ合い、より良い結論を導くためにおこなわれます。
下図を参考にすると意見A(正)とそれの対となる意見B(反)をぶつけ合い、より良い結論C(合)に導くわけですね。俗にこの現象は止揚などと言われたりします。

https://koga312.com/archives/946
事業経営のアウフヘーベン(考えて問題解決) - 古賀税理士事務所のホームページ
しかしながら「議論はより良い結論を導けるのか?」という点ではかなりの疑問符がついていたりします。
全員が協力的で、理性的で、建設的な意見表明をおこなうような理想的な環境下でのみ、このような止揚は発生し、より良い結論(≒人狼を投票で吊るすこと)にたどり着ける可能性が高まる訳です。
つまり、それ以外の場合においては、むしろ話し合いをおこなうことで間違った結論に突き進む場合のほうが多いということです。研究でも証明されている集団的浅慮という現象ですね。集団凝縮性(集団の構成員が離れないよう引きつけ、集団内にとどまらせようとする力)が高いほどこれが起こりやすい。プレッシャーの多い環境ほど起こりやすい。上級者や経験者限定の村なんかはまさにこのような環境でしょう。
そもそも人狼ゲーム内において皆さんが「自分以外の人間が皆、協力的・理性的・建設的な議論に臨めるような人物だなぁ」などと思ったことありますか?
私はないです。
そういうわけでして、そもそも人狼ゲームにおける議論というものは集団的浅慮が前提であり、協調して皆の推理の質を高めるということは望めないというのが実情なのです。
だからこそ「表出する言語」にこだわり、集団的浅慮をよりこちらに有利な方向に進めることが重要になります。
そもそも人狼ゲームというのは明確に議論を妨害しなければいけない役、悪役(人狼陣営)がいるので、このような議論という構造に当てはめて考えること自体に歪みがあるのかもしれませんが。
補足ですが、このような理論があるため、一般的に言えば
理想的な環境下での「議論」>
自分の中での洗練された「推理」>
自分の中での洗練されていない「推理」≧一般的な環境下での「議論」
といった階層関係になるわけですね。
事実として理想的な環境下での「議論」なんてものは存在し得ないので、実際には自分の中での洗練された推理が最も的中率が高くなる訳です。
議論をより良くするためにできる工夫
結論「表出される言語ゲー」と言えばそうなのですが、そのようなゲームにしないために、すなわち議論らしい議論ゲームをしたいのであれば、諸々の工夫が求められます。
集団凝集性を低めるために突飛な提案をしてみたり、突飛な提案に積極的に乗っかってみたり、相手の考察に対して過度にストレスをかけるひと(例えば、相手の考察を詰めろ思考で過加速させるひと)に対して牽制をかけるなど。
これらの少しの工夫でも、周りから出てくる発言の質自体を上げることはできます。
全員が全員表出される言語を意図的に選択している訳ではありませんからね。選択していないプレイヤーの表出言語の質を高める立ち回りをすることで、結果として村全体としての判断力を少しでも上げるといった動きは充分に有効になります。
おわりに
実際の実践で使えるかは別として、
これが割とオーソドックスな推理と議論の理論だと思います。
サブブログの最後のほうには書いたりもしたんですが、実際には皆が推理しやすい環境をつくることだけを考えて、自分は全然何も考えていないなんてことが結構あったりします。
長文考察しているように見せかけて実は全く考察していないみたいなことは大いにあります。とりあえず文章量を書かないと吊られる環境だったりするので最低限村に影響しなそうなことを書いておこうみたいな思惑とか色々。
推理の機構、理論上は推理で狼を当てることができるかもしれないけど、突き詰めていったらこんなの理論上無限に反論できちゃうじゃんみたいな側面はあったりします。ですので、その辺の推理(村の可能性)の許容値ラインみたいなものを環境に合わせて上手く調整できるとよく勝てるようになります。
私は環境に合わせるのが面倒なので先のような村バフの立ち回りのが多めですね…
そういえばサブブログで引用つけた同業はてブロの方は恐らく引用通知が行ったので当該記事を消されてましたね…古傷を抉る行為をしたような感じだと思うので申し訳ないです。