「ジーニアス」の世界を理解する。
「ジーニアス」とは。
・ジーニアス
すべてのスキルを凌駕し、理論や統計など一切通用しない、孤高の存在。
しかしその本質は数手先を読む能力が秀でている事であり、全ての可能性を瞬時に判断出来、独自の勝利ルートを導き出せる。万人に理解されようとはしていないが、理解しようと思えばその深さに驚くこともある。
cogito, ergo sum 人狼プレーヤー、スキル一覧
ひと昔前に流行した「人狼プレイヤーのスキル」
その中でひと際目を引く「ジーニアス」というプレイスタイルについて、
このプレイスタイルが、人狼ゲームにおける強者の条件とも言われることもしばしば。
その本質は「数手先を読む能力が秀でていること」と言われますが、
これをより具体的に言うのであれば、
「未来の盤面で自分が有利を取れるようにプレイすること」とも言えるでしょう。
今回はそんな「ジーニアス」の世界観について、
身近なグレラン問題と関連させて、その価値観を考えてみましょう。
グレランは「黒目吊り」「経費吊り」だけではない。
例えば、村村村村狼(初日犠牲者無)の配役で、
自分+ABCD、合計で5人の参加者がいたとします。
<例題>
あなたは村人です。
初日の話し合いの結果、以下のような分析ができました。
- A:上級者、発言力が高く、進行理解度は低い。発言数は8。
- B:中級者、進行理解度が高く、発言力は低い。発言数は6。
- C:初級者、進行理解度が高いこと=村目と考える傾向がある。発言数は3。
- D:初~中級者、発言力があること=村目と考える傾向がある。発言数は4。
このような盤面で、あなたはAが人狼であると考えています。
今日、あなたが投票するべきなのは誰でしょうか?
あなたはBと役割が被っているプレイヤーであると考えてください。
村人に”あるべき”動き方の考えとして、
よく見られるのは「素直に狼目へ投票する」「寡黙目へ投票する」ということ。
つまり、今回の例題においては、
村人の役割理論上、
「AやCに投票すること」が最適であると考えるひとが実戦では多いと思います。
このような考え方にもメリットは存在しますしね。
しかし、このような盤面でこそ
「自分が未来の盤面で有利を取るには?」と考えを巡らせるのが
ジーニアスの立ち回りであると言えます。
結論から言うと、
今回の問題において、AやCに投票するのは不正解となりますが、
ここからはこの盤面において、
「自分が未来の盤面で有利を取るには?」を具体的に考えるため、
各自の投票先やスケールを立ててみましょう。
投票先を推測する。
前提として以下の条件を設定します。
- 「素直に狼目へ投票する」「寡黙目へ投票する」というのを、
自分以外の参加者が持つ基本的な考え方とします。 - 「進行理解が高いこと=村目」は、
裏を返して「進行理解が低いこと=狼目」も成立すると考えます。
それでは実際に、1人ずつ投票先を推測してみましょう。
-
A:上級者、発言力が高く、進行理解度は低い。発言数は8。
初心者が混ざっている部屋において、
「上級者で」「発言数8のA」と
「中級者で」「発言数6のB」の2人が吊られることは、滅多にないと言えます。
(これは若干強引な推測ではありますが、)
「発言力が強いプレイヤー」は「発言力の高さこそが村目」として重視するがため、
このプレイスタイルを確立しているのではないか、という筋を立てます。
このような憶測において、
AにとってDは親和性は高く、
より村目に見やすい立ち位置にいると言うことができるのではないでしょうか。
以上の点において、Aの投票先はC>D=Bであると推測することができます。
(Dは初級者、Bは中級者ですので、この点を加味しスケールをD=Bとしてます。)
-
B:中級者、進行理解度が高く、発言力は低い。発言数は6
前段と同様の理由にて、
B視点もAの吊り優先度は低いと言うことができます。
(初心者部屋において、上級者の吊り優先度は低くなる。)
また、進行理解を村目の軸に据えているCと、
進行理解が高い特性を持つBは相性が良いと言って問題ないでしょう。
このような点において、Bの投票先は、D>A≧Cになります。
-
C:初級者、進行理解度が高いこと=村目と考える傾向がある。発言数は3。
AとBの吊り優先度は低くなります。
Dとの村目に関する考え方の相性についても、
発言力を重視するDと進行理解を重視するCの相性は良いとは言えません。
したがって、Cの投票先はD>A>Bと考えて問題ないでしょう。
(Aは発言力重視、Bは進行理解重視なので、
CとBは相性が良いためにこの順番となる。)
-
D:初~中級者、発言力があること=村目と考える傾向がある。発言数は4。
Cと同様に理由にて、C>B>Aと考えることにします。
・AとBは初心者ではないため吊り優先度は低くなる。
・CとDの村目に関する価値観が一致している訳ではないので、CがGS最上位になる。
・D目線は発言力を重視するプレイヤーなので、Aとの相性が良い。よってB>A。
まとめ
以上の推測を整理すると、以下の通りになります。
<投票先と票数>
- A(0票):→Cへ投票
- B(0票):→Dへ投票
- C(2票):→Dへ投票
- D(2票):→Cへ投票
- あなた→?
この盤面では、
あなたがAへ投票を行っても、Aを吊るすことができないこと分かりますね。
「ジーニアス」はどこへ投票するのか?
あなたが人狼目だと考えているのは「A」ですが、
先程の推測によって、
この盤面では、「A」に投票しても吊ることができないことが判明しました。
<投票先と票数>【投票例】
- A(1票):→Cへ投票
- B(0票):→Dへ投票
- C(2票):→Dへ投票
- D(2票):→Cへ投票
- あなた(0票):→Aへ投票
この盤面でAに投票したとしても、
CまたはDからのランダム処刑となってしまうためです。
ここで、結論を言ってしまうと、
あなたが本日、投票するべき先はDとなります。
現実的に「あなた」が投票結果に影響を与えることができる投票先は、
「C」と「D」の二択であり、
CとDの投票先推測を振り返れば、
次の日に以降に「A」に投票する可能性が高いのは「C」であることが分かるためです。
Aと村目価値の相性の良いDを残すことは、「A」吊りが絶望的になることを意味してしまいます。
<C吊り・B噛みで続いた場合の投票先>
- A(1票):→あなたへ投票
- D(0票):→あなたへ投票
- あなた(2票):→Aへ投票
尚、
今回、誤答とした「寡黙目で初級者のCへ投票する」という選択をした場合は、
最終日の生存者は「A」「D」「あなた」となり、
上図の通り、Aを吊るすことが厳しい盤面となります。
「あなた」噛みの場合、「C」噛みの場合の分岐は後述します。
しかし、
「あなた」がDに対して投票を行った場合、
Aが「B」「C」「あなた」のいずれの位置を噛んだ場合においても、
「A」を吊るせる可能性を残すことができます。
念のため、
以下にDを吊るしたあとの盤面についての整理しておきます。
◆D吊り→B噛みの場合
- A(2票):→Cまたは「あなた」
- C(0~1票):→A
- あなた(0~1票):→A
上図は「D吊り→B噛み」が発生した場合に、推測される各プレイヤーの投票先です。
あなたと「C」はどちらも進行理解を重視しているプレイヤーであるため、
相性が良く、A吊りがしやすい盤面となりますね。
・Aの投票先はC>D=B
・Cの投票先はD>A>B
あなたはBと役割が被るポジションにいるため、C目線ではA>「あなた」となる。
◆D吊り→C噛みの場合
- A(2票):→Bまたは「あなた」
- B(0~1票):→A
- あなた(0~1票):→A
あなたとBも進行理解を重視するプレイヤーであるため相性が良く、
この盤面においても、A吊りがしやすい有利な状況であると言えるでしょう。
Bの投票先はD>A≧C、B視点では「あなた」の吊り優先度は最下位と推測できる。
・初級者以上である。
・村目価値の相性も同じであり相性が良い。
→この2つの条件にて、B目線のGSはD>A≧C>「あなた」と推測ができる。
◆D吊り→「あなた」噛みの場合
- A(1~2票)→BまたはC
- B(0~1票)→A
- C(0~1票)→A
「B」と「C」は相性が良いので、
この場合でも「A」が吊りやすい盤面になる言えます。
・Aの投票先はC>D=B
・Bの投票先はD>A≧C
・Cの投票先はD>A>B
村人理論を越える立ち回りが「ジーニアス」である。
今回の例題において誤答とした
基本的な”村人理論”を採用する場合、
- 「素直に狼目へ投票する」(A投票)
- 「寡黙目へ投票する」(C投票)
といった立ち回りは、
自分が狼目で見ているAを吊ることに繋がるとは言えず、
かえって、A吊りが困難になってしまう可能性が高いと述べました。
このような盤面でジーニアスは、
基礎的な村人の考え方から外れた、「D吊り」という選択肢を採用することで、
本来、掴むことが厳しい勝利を掴み取るわけです。
したがって、ジーニアスとは
従来の「村人はこうある”べき”」という理論に縛られることなく、
自分自身の先読み力を発揮し、
自分が勝利できる盤面を手繰り寄せることができるスタイルであるとも言えます。
「ジーニアス」の前提となるのは「ログ読み」。
「ジーニアス」のプレイを再現するためには、
「ログ読みの深さ」が前提条件になります。
参加者の未来の投票や考察を、
予想し、的中させるためには、深いログ読みが必要となるためです。
当たり前ですね。
…
以下雑記。
近頃では「説得の上手さ」「論理の整合性」に重点を置きすぎる、
”アタッカーこそが至高とする文化”が人狼ゲームに蔓延っているように見えますが、
これは、このように高度な戦略がひしめく人狼ゲームの世界を否定する行為であり、
人狼ゲーム自体を「つまらなく」する要因であるように感じてしまうわけです。
人狼のディベート化・レスバ化が進んでいるように感じるということです。
「読む」よりも「発言する」ことが重視されすぎているのも、その際たる例ですね。
実際、高勝率のプレイヤーのログに関して、
アタッカー型の長文、発言力で圧倒して勝っている人は案外少ないように見えます。
アタッカーを偏重する文化は、
プレイヤーの実力を測る上には分かりやすく、便利な尺度ではありますが、
同時に、時には「ジーニアス」ですらも否定してしまう尺度でもあると思うわけで。
このような点には、注意していきたいと感じるものです。